title1.gif   
line1.gif
1.jpg ーー進む道に迷ったら、動物を見ろ
後ほねっこ男爵領という国がある。
藩国地下に広がる迷宮を、封印するでも、封鎖するでもなく、避難シェルター代わりに使うという、一風変わったセンスを有する国である。 北国らしく、冬は厳しいが、それ故に人の繋がりは濃く、暖かい。

その藩国を治める王犬の名をじょり丸という。
その牙もて人の迷いを噛み殺すという、NWにその名も高い伝説のがうがう犬である。

そのじょり丸の日課に、藩国内の視察がある。
口さがないものは散歩といって憚らないが、おおむね藩国民からは好意的に捉えられている。
視察をするじょり丸の姿を見かければ、必ず挨拶をし、許しを得てそっと撫でることが、この国に住む民の習慣として根付いてから随分と経つ。
結局のところ、この素晴らしい毛並みの大きな犬を、後ほねっこ男爵領の民は皆、愛しているのだった。
迷宮攻略前夜、一夜明ければ自身も迷宮に赴くことになるじょり丸の日課は、その日も変わらなかった。
視察先は、後ほねっこ男爵領地下迷宮の一角に作られた地下街。
NWの命運をかけた戦いを前に、緊急体制に移行した後ほねっこ男爵領にとって、全藩国民が避難するその場所は、現在の藩国の全てといっても過言ではない。
その全てを記憶するように、いつもよりのんびりと視察をするじょり丸が、最後にたどり着いたのが、淡く青く光る泉だった。
水底に数知れぬ小石が沈むその泉は、後ほねっこ男爵領の宝飾産業を支える大いなる恵み、宝石の湧く泉。
沈めた小石が宝石へと変ずる泉は、まったくそのメカニズムが解明されていない、後ほねっこ男爵領最大の謎の一つだった。
とはいえ、迷宮の闇の中で青く光る水が流れる様は美しく、藩国民の憩いの場として愛されている。
しかし、さすがにこの状況下で泉を訪れるものはなく、その周りに設置されたベンチにも、人の姿は見えない。
じょり丸は、土の匂いを嗅ぐように、そっとその顔を俯かせた。


視察から帰ったじょり丸が、泥だらけであることに最初に気づいたのは、仮の王城で迷宮攻略に向けて執務を行う藩王火足水極だった。
そして、泥だらけのじょり丸が、小さな短剣をくわえていることに気づいたのは、その場にアドバイザーとして参加していた、迷宮の賢者だった。

「それは、宝石の湧く泉で見つけたんだね」
じょり丸を入浴させる手間を考えて、声にならない悲鳴を上げる火足水極をそっと目線で制し、迷宮の賢者が尋ねる。
その言葉は、問いかけるためのものではなく、ある種の確信を確認するためのものだった。
じょり丸の濡れた優しげな瞳が、肯うように瞬くのを見て、迷宮の賢者は、珍しく考え込むような表情を浮かべた。
しかし、何かを決意するように頷くと、優しい微笑を浮かべる。

「迷宮に持っていくのなら、お守り代わりにするといい。くわえたままでは、何かと不便だろうからね」

>次章へ進む

inserted by FC2 system