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ある一日の風景

iku_1.jpgでは、ある一日の風景を覗き見て、実際どのような感じで授業が進むのか見てみよう。

この日は丁度、藩王である玄霧がクッキーの作り方を教える日だったようだ。
…よくよく考えたら、色々おかしいのだが気にしてはいけない。

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「えー、一口にクッキーといっても、いろんな作り方があります。恐らく、皆さんが直ぐに思い浮かべるのは型で様々な形にくりぬいたやつでしょう。他には、材料を混ぜたあとに棒状に伸ばして冷やして固め、切り分けてオーブンで焼く方法や、ホイップクリームを搾り出すように生地を搾り出して形作る方法もあります。ちなみに、冷やして固めて切り分けるのがアイスボックスクッキー、搾り出すのは搾り出しクッキーと言います。そのままですね。最終的にオーブンで焼き上げるのには変わりありませんので、余り気にすることは無いかもしれませんけどもー」

壇上で、玄霧が余り上手くもない絵を描いて、材料や手順などを説明しつつ、つらつらと語っている。
好きな分野の話だからか、妙に饒舌だ。
なお、アイスボックスクッキーと型抜きで作るクッキーの違いはそんなに無い。
精々が冷蔵庫で寝かせる時間程度である。あと、バターの量と、艶出しの卵黄を塗るかどうか。大体それくらい。

「で、今回は手軽に出来るアイスボックスクッキーのほうをしましょうか。大体の作り方は、バターを練る、砂糖を二回ぐらいに分けて加えて更にバターを練る、卵を溶いたものを三度くらいに分け入れながら混ぜつつ、バニラエッセンスを加える。その後、薄力粉を振るいいれてよく混ぜたら冷やして固めて切って焼けば出来上がり、ということです。あとは最後に冷やす前、お好みで隠し味を入れると色んな味のクッキーになります。チョコ味とか結構オススメですね」

と、説明しつつエプロンと三角巾を身に付けていく。
今まで聞いていた生徒達もそれぞれ身に付け、手を洗って準備万端である。

ざっと見回してみると、それなりに壮観だ。

藩王以外は殆ど女性ばかり。中には男性の姿もあるが、周囲の雰囲気もあり、どうにも居心地が悪そうではあった。
中にはそんなに参加しづらいのか、外から眺めている男性もいる。
そんな様子を少し苦笑しつつ眺めた後、玄霧が外に向かって呼びかける。

「そこで見てても判りにくいでしょうし、どうです?一緒にやってみませんか?参加費用は後でも構いませんので」

すると、一人だと思っていた男性が二人、三人と増えていく。
どうやらどこかに隠れていたようだ。増えた人影の中には女性もいる。
『FEGへと亡命した暗殺者達が様子でも探りに着たのだろうか?』と一瞬思ったが、まあ、気にしないことにした。
それならそれで、料理教室を開いた意味も、ある。

「じゃ、後から参加した人も三角巾とエプロンを付けてくださいね。手もちゃんと洗って。・・・はい、では皆さん。黒板の手順の通りに始めましょう。まずはバターを泡だて器で練ってくださーい。判らなかったらなんでも聞いてくださいねー」


そして、十数分後。


「すいませーん!バターが全然練れないんですけどー」
「あー、こりゃ手の熱で解けてきてるね。一旦冷やして途中までやってあげるので、その後は自分で頑張ってみてね」

「あの、なんか砂糖入れたら塊が・・・」
「あぁ、これはちょっと面倒だな。砂糖を入れるときは一気にいれずに2・3回に分けなきゃ」
「どうしましょー・・・」
「大丈夫大丈夫。泡だて器で潰すようにして内側から外に伸ばすようにしたらある程度はなんとかなるよ」

「た、卵混ぜてたら分離してきたんだけどどうしたらいいですか!」
「うむ、まだ慌てるような時間じゃない。落ちついて混ぜ続けるのだ。バニラエッセンスも忘れずに」

楽々と作っていく者もいるが、何人かはなかなかに悪戦苦闘しているようだ。
先ほどの途中参加の面々はといえば、黙って黙々と作業を続けている。
まさに機械のような手つきでこなしていく……と思いきや、卵が上手く割れなかったりもしていて、中々に面白い。

そんな様子ではあったが、玄霧自身がなにかあれば作っているものだからか、単純に料理好きなのが効いたか、定期的に見回り、聞かれたところを教えて回ったお陰で大きな失敗をするものもなく、のんびりと楽しく時間が過ぎていった。

そうして、数人が卵を混ぜ終わり、薄力粉を計りだした頃に玄霧が再度声をあげた。

「はーい、じゃー、薄力粉とかを入れる前に注目して下さーい。このまま粉だけを入れるとプレーンクッキーになりまーす。んで、ここでココアとかお茶とかハーブとかを少量練りこむと、それぞれ好みの味付けにすることが出来ます。練乳とかを混ぜてミルク味にもできますねー。基本、甘みか少し苦味のあるものだったら失敗はしないので、挑戦してみたい人は挑戦して見ましょう。但し、自分でも食べれないものは混ぜないようにー。あと、肉とかはきっと後悔すると言っておきます」

はーい、という声がぱらぱらと聞こえ、それぞれが思い思いの材料を混ぜている。
何も混ぜないものもいれば、ココアの粉末を混ぜるもの、牛乳と粉ミルクを多く混ぜるもの、中には摩り下ろしたニンジンを混ぜているものもいる。
あからさまに失敗しそうなものを入れようとしている人は止めたりしつつ、比較的穏やかな時間は進んでいった。



混ぜ終わって冷やし、固まるのを待つこと暫く。
その間は、質問に答えたり、ちょっとしたウンチクを語ってみたり、用意しておいた軽食をつまんでみたり、オーブンの準備
をしつつ世間話に花を咲かせる皆を見たりと、先ほどと変わらず、のんびりと時間は過ぎていった。
とはいえ、時間が過ぎるにつれ、「どういう風になるか」や「上手く焼けるか」といった話で盛り上がるようになり、皆一様にワクワクしてきたようだった。

初めて作るものでも何度も作るものでも、やはり皆で料理を作ってる間の話というのはどんなときも楽しいものだ。
そうしておおよそ1時間半ほどたった頃、懐中時計をみて玄霧が言う。

「よし、じゃあそろそろ見てみようか。掌で押してへこまないくらいに固まってたら、包丁かナイフで切り分けて、オーブンで焼きまーす。硬いので気を付けてねー。オーブンの温度は170℃にあわせて下さい。ま、今回はこっちで設定しておいたので、そのままいれてOK。大体20分くらいで焼きあがるので、表面がいい色になってきたら取り出してねー。あと、火傷にだけは十分注意するようにー」

やろうと思えば、冷やす時の形次第で色んな形で作れるが、今回は簡単に棒状にかため、輪切りの要領で形作っていく。
厚さは、大体4mm程。まぁ、そんなに気にせずとも、薄すぎず厚すぎずなら問題は無い。

「焼いてる最中はじっとオーブンを見るのもよし、本でも読んで時間を潰すもよし。他のことで時間を潰す人はそっちに夢中になって焦げないように。白状すると、自分が既に何度もやってるが、そのときのガッカリ感は洒落になりません」

などと言いつつ、玄霧もオーブンに自分の作品を入れる。
今回はプレーンとチョコの二層の渦巻きクッキーだ。二つの生地を用意し、薄く延ばして重ねて丸めて形を整えれば出来る。
あとは、20分程度のんびりしながら香ばしい匂いがするのを待つだけだ。

「あ、そうそう。いい匂いがしてきても、表面がなんかやわらかそうなときがあります。そういう時も一旦取り出して冷ますように。冷えればいい感じに固まってくるので、失敗じゃありませんよー」

……体験談である。
一番最初に作ったとき、バターが多かったのかオーブンの火力が弱かったのか、なかなか表面が固まらず何度も焼きなおしたお陰で岩のように硬いクッキーが出来たことがあった。
オーブンの中では、なんとなーく表面がやわらかそうに見えるもんですが、冷めれば十分固まるものです。これほんと。
岩のようなクッキーはもちろん自分で消費しました。

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「じゃ、出来上がったようなので試食の時間でーす。皆さん、出来たクッキーをもって向こうのテーブルに移動しましょー」
『はーい!』

さて、実習の一番のお楽しみ。試食の時間である。
講師役である玄霧が参加者の作品を一つずつ味見し、感想を言う。
その後で、皆で食べあって参考にしたり、話の種にしたりする。
ルールは一つ。他人の料理に関して文句はつけないこと。

「では失礼して。お、これはチョコ味かな・・・と、ありゃ、チョットだけ焦げちゃったみたいだね。ココア混ぜると焼き色わかりにくいから。でも、ソレくらいのほうが手作り感があって良いと思うよ、うん。美味しい美味しい」
「はぁ・・・次は色の薄いもの混ぜてみます」

「お、コッチは・・・あ、ニンジンクッキーか。これならニンジンが嫌いな子も食べれるね、うん。後でドレくらいニンジン入れたか教えてくれる?」
「はい。結構多く入れたけど、ちゃんと甘くて美味しく出来たと思います」

「んー、これは・・・えーとネ、何を混ぜたんだろうカナ。舌がピリピリするんだけドネ?」
「はい、唐辛子です!」
「そうかー。味はともかく長靴一杯食べたいな!」

なんというか、個性的な物が多い気がするのは、国柄なんだろうか。
などと思いつつ、試食して回る。

「で、これは・・・ハーブかな・・・んー・・・ん?」

クッキーをつまんだ玄霧の動きが、ピタリと止まる。
作ったのは、後から参加した面々のようだ。とりあえず、皆に少し待つように言い、その面々を部屋の隅に連れて行く。

「その、なんだ。こんなこと聞くのも野暮なんだが、これ、お酒入れた?」
「……ええ、良くお分かりで。ほんの少量しか入れてないので、わからないと思ったのですが」
「あー、うん。これ、アレだろ。かなり古い『生命の水』だろう」
「……はい。我々の中の一人が、昔、持ち出したものです」
「……そうか、いや、すまない。変なことをきいたね」
「いえ、お気になさらず」
「んー……うん、今回は未成年も居ないし、いいか。皆で食べよう」

#『生命の水』:その昔、EV124の博覧会で玄霧藩国が出品した度数70を超える薬酒。濃厚なハーブ香が特徴。お値段は100mlで20にゃんにゃん(博覧会価格)

と、意味があるのかないのか、ちょっとした密談を終えた後、皆の輪に戻り、クッキーを摘まみながら紅茶を飲む。
これが和食や中華などを作るときは流石に紅茶は出ないが、同じように皆で囲んで食べるのが基本だ。

「座学でも軽く説明したけど、五行説の考えでは『相生』というのがあってね。例えば、クッキーの原料である麦は五行の火。砂糖で味付けしたことによる甘みは五行の土でね。火は物を燃やし、灰になったものは土にかえるという『火生土』の関係なんだね。で、昔からこういうレシピが残ってるって事は、皆なんとなく感じてたんだろうね。あとはまぁ、やっぱり自分の国で取れた物を料理するのはいいね。ウン」

楽しさと美味しさで気分が良くなったか、座学の続きを玄霧が語る。
真剣に聞いてる者もいれば、適当に流して聞いてるものもいるが、特に気にすることも無く聞いてくれるものに話をしている。
と、その時。

「まーた女の子に囲まれて楽しそうに話しちゃって。なに?浮気してるの?」
「げぇっ!火焔!!」

こつん、と玄霧の頭を叩きながら火焔が声をかけてきた。
どうやら様子を見に来たらしい。政治面の細かい部分を摂政たちに任せたことを怒ってるのかも、しれない。
なお、ジャーンジャーンという銅鑼の音が聞こえた人は耳か脳の検査に行くことをオススメする。

「なにが『げぇっ!』よ。……ふーん。そんなに嫌だった?」
「いや、違う、断じて違います。ようこそいらっしゃいました火焔様!ささ、お席にどうぞ」
「…ま、いいけど」

そんな二人の様子に周囲もなれてるのか、お茶とクッキーの用意をして、火焔をもてなす体制に入る。
まったく、適応力の高いことだ。
その後、まあ、それなりに色々あったりはしたが、お料理教室の一日とはまた別の話である。

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以上が、ある日の風景である。
どうにも特別な一日のようにも見えるが、特にそういったことは無い。
むしろ、他の日のほうがすごいこともある。
和食で煮物を作って鍋が吹き零れて大騒動や、中華で中華鍋の扱いで大騒動や、洋食のオムレツをひっくり返すときに勢いを付けすぎて大騒動など、大抵何かがあるものだ。
だが、それもまた、過ぎれば楽しいものである。食材も生き物であり、それなりにお値段もするわけで、料理が台無しになるのは、なるべく避けたいのも本音ではあるが。
まぁ、大怪我をしない限りは概ね問題ない。道具や機材の修理は出来ても、命の修理は出来ないものだから。


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