4.人と猫の兄弟に
……ひとしきり語り終え、私は猪口を置いた。 目の前の男は今回の話がことのほか気に入ったようで、次々と疑問を投げかけてくる。 こちらとて詳しいわけではなし、多少疲れたのもあり、適当にあしらっていたが、その中に、こんな質問があった。 「この国には昔々、全身緑の猫も居たって聞いたが、マジで?」 ずいぶんと懐かしい話だったので、ついつい真面目に答えてしまった。 「あぁ、確かに居たぞ。と言うか、今も居る所には居ると思うぞ」 漸くまともに帰ってきた言葉に関心を示したのか、続きを催促する目でこちらを見てくる。 やれやれと思いつつ、私はもう一席ぶつ事にした。 「数はだいぶ減ったと思うがな。まあ、この国の猫は長い間に混血も進んでるので、全体で一つの種類みたいなものだ」 「ふんふん」 「そういった血が混じっている以上、隔世遺伝やなんやらで、ひょっこり生まれることもあるだろうさ」 へぇー、と言いながら鰯の刺身を食べるヤツに、続けて言った。 「まあ、今のところは寒色系の猫が多いみたいだな。黒やら深青やらのな」 「確かに、そういうやつばかり見かける気はするなぁ」 「言うなれば、我々の種類の猫は、この国の名前を取って『玄霧猫』と言ったところか。語呂が良いのやら悪いのやら」 「…じゃあ、俺たちは『玄霧人』ってか。なるほど」 微妙に違う気もするが、まあ、面倒だし似たようなものだしで、それ以上は言わなかった。 その後も適当に会話しつつ晩酌を続けていたが、不意に「そういえばさぁ」と、前置きをして、ヤツが言った。 「今日はまだ、乾杯してなかったな」 ……本当に、いまさらである。 既にヤツの連れ合いは風呂から上がってとっくの昔に寝ていると言うのに。 まあ、それを言うのも無粋なので、調子を合わせる事にした。 「そう言えばそうだな。では、何に乾杯する?」 「じゃあ……『人と猫の兄弟』に、だ」 大方、酔った上に先ほどの絵本に感化されたのだろうが、全く、何時もの事ながら臭い事を言う。 だがまあ、こういうところが嫌いでは無い辺り、こちらも似たようなものだろうか。 一点だけ気になる部分があるので、直しつつ、賛同する。 「長いな。『兄弟』で良いだろう」 こちらが乗っかってきたことが嬉しいのか、ヤツがニカリと笑いながら猪口を掲げた。 こちらも、それにあわせて掲げる。 「では、『兄弟に』」 「『兄弟に』」 二人そろえて、猪口を前に出しながら、次の言葉を言った。 「「乾杯!」」 そのまま、二人で一気に酒を煽った。 ……まあ、酔った挙句に芝居がかった乾杯なんかしたおかげでテーブルにこぼしたりもしたが。些細なことだ。 改めて、人と猫とのこんな関係は、この国がある限り、早々変わらないと感じるには十分だった。 人と猫は、種族が違うが、似たところはある。そして、お互いを理解できれば、友人になれる。 気の会う友人と長い時間を過ごせば、血の繋がりは無くとも、兄弟のような関係になることもあるだろう。 我々猫は三日たてば恩を忘れると言われる種族だ。 それについては種族差別だ個体差だと否定したいところだが、忘れっぽいのが多いのは、確かだ。 だが、猫だって本当に大事なことは忘れない。人の血の繋がらない兄弟としての関係だけは、忘れない。 ああ、あの絵本は、本当に大事なところは、しっかり書いていたようだ。 『ほんとうにいろんなものがかわりましたが、ひととねこのかんけいは、かわりませんでした。』 これが、ずっと続けばどんなに良い事だろうか。 作成:玄霧藩国 文章:玄霧弦耶 イラスト:イク ページデザイン:アポロ・M・シバムラ |